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親業訓練インストラクター 式場敬子 親業 親だって人間!

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新しい所帯をもつ長女が、この連休の前半に帰省してきました

まる一日かけて、彼女の部屋の片付けを一緒にしました。
青春時代を過ごした部屋からは、懐かしいものがいっぱい出てきました

写真
書きかけのノート類
ばーばにもらったお年玉(お手紙つき!)
友達からのプレゼント
携帯
学生時代に使ったあれこれ
昔の洋服
ヒミツの何か・・


私からしてみたら、それらの一つ一つが彼女の分身でもあります

長女が
「また一人暮らしをするんだったら取っておく物もあるけれど、これからのライフスタイルが決まったから、荷物整理がしやすいな~」と言っていたことが、とても印象的でした。

そうよね・・
片付けはこれからの見通しが立つと進むものなのよね
今さらながら「ナットク!」でした


母が一番喜んだこと♪

 | 2019-04-25 | 
「母の日」という文字が、街頭のあちこちで見られるようになってきました

私は母にはいろいろなものをプレゼントした記憶があります。
母の文箱には、私の書いたメッセージカードや、プレゼントを包んでいた袋(日付も書いてある)などもたくさんありました

母が後から何回も「よかったわ~」と言っていたことがあります。
30年くらい前ですが、その時はまだ幼い長女と、赤ちゃんの長男がいて、夫のいない週末(夫は出勤)に
母に来てもらったことがありました。(親子だけだと煮詰まるので・・

近くの公園にみんなで出かけ
帰り道、お昼に立ち寄った、何でもないレストラン(ファミリーレストランも当時はあまりなく;;)で食べた
「鉄板焼き」
ジュージューと音の立つ熱々の料理が母の所に運ばれてきたこと。
これを「本当に美味しかった」と、何回も言っていました。

その当時の母でしたら
友人と都会でもっと美味しいものを食べる機会もあったでしょうに、
私は何で庶民的なレストランで食べた鉄板焼きを、いつまでも「美味しかった」と言うのか、あまりよくわかりませんでした。

でも、私も主婦となり、母となってわかったことがあります
それは
「できたて」です

母の時代は、まず、ご主人様にできたてを出して
自分は後からということも多かったのだと思います。

なので
できたてホヤホヤが運ばれてくることが
本当に嬉しかったのでしょう

母の喜ぶ顔は
いつ思い出してもいいものです




先日、ふとしたきっかけで
自分の育児日記(というより、書きなぐりノート)を見る機会がありました

夫の帰りが子どもを寝かせつけた後だったこともあって(私も一緒に寝落ちしてしまうので
私がいかにその日、孤軍奮闘してきたかを夫に知ってもらうために書いたノートでした
(今だったらラインか何かで訴えていたことでしょう・・)

その頃、長女がシャンプーを嫌がっていたこともあり
でも、私は意固地になって無理矢理押さえつけででもシャンプーをして(イジメだ~
長女が泣き叫ぶ声を聞くと、長男も怖くなって泣き出し
当時住んでいた集合住宅の狭い風呂場に二人の泣き声が響き渡り
私はひたすら無言で二人を洗い上げ(自分の頭と体は片手で洗うしかない)
ふろ上がりには二人をゴシゴシとふいてパジャマを着せ
涙ながらの二人は泣き疲れてそのまま寝て・・・

私は「なんてヒドイ母親だ・・」と自分を責めながら
悲しい気持ちのまま寝てしまう・・・
そんな赤裸々な育児の日々が綴られてありました。

今から思えば
何をそんなにムキになっていたのだろう・・・とも思えますが
その時はもう必死だったのだと思います。
忘れていました。
私にもそんな日々があったこと・・・


必死に子育てをしているママ達に
「大丈夫。あなただけではないよ」と
温かい目を向けたくなりました


命が宿ったときの思い

 | 2019-02-04 | 
初めて我が子がお腹にいるとわかったとき
私はその時、何をしたか、よく覚えています。
携帯電話はなかったので、公衆電話で家族に連絡をして
ぼーっとしたまま帰路につきました

でも、
「どんな気持ちだった?」と聞かれたら
その時はとっさにはわからなかったかもしれません。
きっとそれは嬉しかったのだと思います。
自分の気持ちをつかむこともなく、でも、自分のことは見つめながら
「おめでとう!」と言われると
「ありがとう」と笑顔で応えていました

神様が与えてくれたかけがえのない命
親として子どもと共に成長し、喜び、笑い、もがき、涙を流し・・・
実にたくさんの思いを時間にのせて過ごしてきました

まだまだ
親として、そして人間としての修業は続きます

この子が産れたことを思い出しながら
日々を愛おしんでいきたいです

お正月は
父母の思い出の品をもう一度見ながら整理をする時間をとれました。

父母を見送った時に、とりあえずまとめた写真、眼鏡、時計、お守り、過去の記録帳、そして私が送った手紙・・・
それらをあらためて手に取り、父と母が大事にしていたものをつ一つ見つめ、思い出を共にしました
大切なかけがえのない時間がまた訪れてくれた・・・そんな思いになりました。

私が母の日に、自分のお小遣いで初めて買ったカーディガンは
綺麗にとってありました。
限られた予算で買ったので、高価なものではなかったのですが
とても喜んでくれた母の笑顔が未だに目に浮かびます

いつの時も
母の笑顔は
天下一品で
私がいつでも一番見たいものでした