親業訓練インストラクター 式場敬子 親業 親だって人間!

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近くのスーパーでレジ袋に買った物を詰めていた時のことです。
私より少し若い(!)奥様が、お母様に
「ホラ、後ろ見て!人がいるじゃない。危ないからこっち来て。
「買い忘れた物があるから行ってくるから。ここにいてよ。動いちゃダメだからね!
と言っていました。

カートを集めている守衛さんが、そのお母様に
「娘さん?」と聞いたところ
「そうよ・・威張っているの。私がいろいろとできないことばかりだから・・」と少し寂しそうに苦笑いをされていました。

このお母様も、体が動く頃は、もっともっと働いて
娘さんのためにたくさん動いておられたのでしょう・・・

我が身をふりかえると、私も年老いた母に
「ころばないでよ。」
「洗濯物はそんな高いところに干しちゃダメ。危ないじゃない。」
などと言っていたと思います。

母は実の娘の言うことだから
やっぱり苦笑いして聞いていたのかもしれません。

年をとり
情けなくなって行く母をそのまま受け入れ、包み込むことがなかなか出来ず
今となっては、「もっと優しい言葉をかけていればよかった・・」とせつなくなります。
母はわかってくれていたとは思うけど・・・

3月は、卒園、卒業式の季節となり、街中も桜色になってきます

私も3人の子どもたちの、それぞれの卒園と卒業を通ってきました
いつもしみじみと、そしてたくさんの思い出と、ほのぼのとした気持ちに包まれて
「いろいろとあったけれど、無事にこの日を迎えられてよかったなぁ・・」と思いました

私の母は、私が20歳になったときに
「何事もなくここまできたことが何よりの幸せなことなの。」と言っていたけれど
本当に、心からそう思います

洗濯物を出さなかったり
ずっとテレビを見ていたり
機嫌が悪かったり
でも「ここ!」という時は頑張っていたり・・

そんな一コマ一コマの出来事が
全て大切なひとときで輝いて見えて、なぜかすべてを許せる気持ちになります

卒業のシーズンは
親が、子どもとの思い出をまた一つ違う形で保存する時なのかもしれません


母の妹(叔母)から、時々電話がかかってきます。
前は、私が出かける前だったりすると
急いでいるときに、とりとめもない話(ごめんなさい)を聞くことはできなくて
そのまま電話に出ないでいることもありました

でも
電話の表示板が光って「あ!〇〇叔母さんだ!」とわかると
最近は電話に出るようにしています。

私「もしもし」
叔母「あ!けいこちゃん?〇〇だがね。」
私「あ、叔母さん、こんにちは!」
叔母「元気にしとった?そっちは雪はどうだかねぇ・・」
なーんてことから、いろいろと話があっち飛び、こっち飛び・・

私は、叔母の声と訛りから
母を重ね合わせて
たまらなく懐かしく、愛おしくなります

母と一番歳が近かった叔母。
母と一緒に過ごした時間が長かった少女時代。
母が入院したときには、まだ幼かった私の世話にかけつけてくれた叔母。
電話をしてきてくれてありがとう
長生きしてね




地域の塾で週2回ほどアルバイトをしています

ある幼児さんが私に
「なんでこのお仕事をしようって思ったの?」と聞いてきました
私は「面白いことを真面目に聞いてきたなぁ~」と感心して、
私「へぇ・・なんでだか聞きたくなったの?」
幼児さん「うん。」
私は少し考えて・・・
「そうだなぁ・・人の役に立ちたいと思ったからかなぁ・・」と答えました。

すると、その幼児さん
「うん。それはいいことだと思うよ。」と、プリントの問題に取り組みながら答えてくれました

おぉ~
とても真面目なやりとりをした私達・・

真剣に聞いていくる幼児さんに
真剣に向き合った新鮮な体験でした
明日からまた、家族はそれぞれの持ち場に戻って行きます

休みの間は
日常を忘れて・・と思いながらも
仕事が始まったらもうこんな時間は取れないから・・とか
仕事がいつも通りのルーチンになるまでの手順を想像してしまっていたり
スタッフへのお土産を数えたり・・と
なんだかワークから完全には抜け出せない自分もいます

ただ
いつもより丁寧に時間を過ごし
家族の温かみをあらためて感じたあとは
まっすぐにまた明日へと向かって行けそうです