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私の発掘?

 | 2016-08-25 | 
実家にあった古いアルバムの整理をしています
若い両親と写っている私・・
中学生くらいになると、友達との写真が増えていって
学生の頃はなんだか酔っ払いの写真ばかり・・?(あまり見せられるものじゃない・・

自分の記憶の中でなんとなく思い出していた思い出が
事実として思い起こされた感じでした・・

母の少女時代からの(可憐な?)写真も出てきました。
時代をつないできた人たちにも思いを馳せています

私の子どもたちも
昔の写真をしみじみと見る日がくるのかな・・?
足の小指を骨折してしまいました・・・
整形外科の先生は「はい。完全骨折です!」って、何故か嬉しそうに宣告してくれるんですよね・・(私の偏見?

今、歩くのはもちろん
家事も、すべてにおいてゆっくり慎重に動いています

今まで、「とにかく早い方がよい」とばかりに
高速で?歩き
買い物もささっと
テキパキが自分に合っているし、自分のスタイルだと思っていました

でも
ゆっくり歩くと
季節の移り変わりをもっとよく、細かに感じられたり
ゆっくり歩いている人にも、「もしかしたら早く歩けないのかも・・」なんて自分なりに解釈して
少しゆとりを持った気持ちになったり・・

今までの自分が持ちあわせていなかった「視点」を持ったと思って
しばらくは静かに過ごすことにします
子ども達が小さかった頃
私は実家に子どもごと転がり込むことを心待ちにしていました
とにかく、とにかく、楽をしたかったんです

実家に行ってしまえば
ご飯をつくらなくてもいいし、子どもと夕方まで遊びほうけていられました
子どもがダダをこねていても、相手をしてくれる父や母がいたし
子どものことや、その時思ったことを私がふいにしゃべりたくなった時には、母が笑いながら聞いていました
ストレスのない毎日は、自分の心にゆとりができて、子どもといる時間を大いに楽しめることができました♪(/・ω・)/ ♪
でも、これは自分への期間限定のご褒美・・
またいつかはいつもの現実へと帰って行きますヽ( ´_`)丿

実家のひんやりした玄関
昭和そのものの洗面所
和室で布団を並べたこと
みんなの笑い声
今となってはすべて懐かしい、愛しい思い出たちです・・・




お父さんのもう一つの顔

 | 2016-06-20 | 
昨日は父の日でした
「お父さん、いつもありがとう(^-^)」のメッセージをもらって
幸せな休日を過ごされた方も多いのかな・・・

私も父にはカードに何か書いて渡していたと思います・・
いつか、私が幼い頃、父の勤めている工場に一緒に行ったことがありました
古い建物で、床は木で、ワックスで黒光りしていたことを覚えています。
父の後ろをついていくと、出会う人出会う人がみんな
「あら、お嬢さん?おはよう
「今日は一緒にご出勤ですか?うふふ」などと声をかけてきました。
私は少々照れくさいながらも、「父にこんなに声をかけてくれる人がいるんだ・・」とビックリして、後になってもこのことをよく覚えていました。
(父は家ではどちらかというと恐ろしく、気軽に話しかけられないような存在でした

私も、子ども達を夫の職場に連れて行ったことがあります
その時も、夫がいろいろな人と挨拶をするのを見て
長女が「お父さんってお友達がたくさんいるんだね(^∇^)」と言っていました。

普段はなかなか出会うことのない父のもう一つの顔。
新鮮で印象深いのでしょうね・・・



私の母

 | 2016-06-07 | 
もうすぐ母の命日です
紫陽花が大好きな母は、この季節を選んで旅立ったのかも。。なんて思ったりもします

母は戦前生まれ
青春時代は真っ黒になって軍事工場にいたそうです
嘘をつかず、ごまかさず、真面目に(母は「しんめんぼく」と言っていました)生きてきました。

私は・・・
嘘もつくし、ごまかすし、真面目な時とそうではない時と・・
あんまり母からは受け継いでいないのかなぁ・・・
ごめんね。お母さん。

でも
最期はあまり話せなくなった母に言えたんです。
「お母さん、お母さんの娘でよかったよ。私を産んでくれてありがとう。」
きっと聞こえていたと思う。

庭に植えた紫陽花が、母の好きな青色のまま咲いてくれそうです
風の中に、母の声を聞きながら、私なりに真面目(しんめんぼく)に生きていこうと思います