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親業訓練インストラクター 式場敬子 親業 親だって人間!

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地域の塾でアルバイトをしています。

ある幼児さんとの会話です。
Y「えー!これヤダ~!」(国語のプリント)
私「このプリント、やるのがイヤなの?」
Y「そーだよ!だって家でやったもん!」
私「そっか。お家でもやったからまたやるのがイヤなのね。」
Y「だからこれからやる」(別のプリントを指さす)
私「あ、こちらからやるのね?」
Y「うん」
私「じゃあ、国語のプリントはどうしようか?やらないということはできないし・・・」
Y「これがすんだら、こっち(国語のプリント)やる」
私「OK!よかった!」
しばらくして・・・
鉛筆のサックをさしたり抜いたり、他の生徒さんの物をいじったりして、いっこうにプリントに向かう様子がないので・・・
私「どうしたのかな?こちらからやるって言っていたけど・・」
Y「もう疲れちゃった。こんなに遅くなっちゃったから帰りたいよ。」
私「・・・!」
Y(プリントを机の下に落として)「あ!落ちちゃったよ。先生拾って!」
私「イヤだ。拾わないよ。 最初にこちらのプリントからやるとあなたが言ったから、信じていたんだけれど、こんなに簡単に約束を破るなんて私はビックリだよ・・」
Y(とても驚いた表情で私を見る)

怒りが出てくると、私の感情は揺さぶられます。
こんな小さい子を相手に、なんと大人げないのかと、自分自身がとても小さな、みっともない人間に思えます。
でも、その時に持った私の感情は事実です。
事実を、どう伝えるのか
意地でも「わたしメッセージ」!と
心に叫びます。

Y君は私の顔をしっかりと見た後
プリントを全部仕上げました。
「約束を守って、がんばって最後までやって頼もしかったよ!」と
彼に伝えることが出来ました。
ちょっぴり誇らしげな彼の顔と
一部始終を(おそらく)見ていらしたお母様の優しく、まっすぐな瞳が忘れられません


「ほめてもノッてこない
「あー言えばこー言う
「おしゃべりばっかりで、なかなか勉強に取りかかれない
「私のアラ探し、痛いところを突いてくる

女の子は、思春期に限らず、まだ幼い我が子であっても
親であるこちらがムキになってしまう場面が多々あるというお話を聞きました
(私もそうだったなぁ・・・

男の子については
けっこう単純でノリやすく、「今」を生きているドリーマーとして、「あるある!」と笑い話にもなるのですが
女の子については
「その時その時で違うし、難しい」というお声を聞きます。

でも、私達母親も女の子だったのよね・・・
難しかったのかな・・・

本には、一般的なことは書いてあるけれど
我が子とのやりとりは様々・・・

だとしたら
子どもに向き合うときは、自分がどうしたいか、それはなぜなのかをしっかりと持っていないと
表面的な対応だけでは太刀打ちできないのでしょう・・・
きれい事を言うと、子どもにはすぐに見破られてしまいますものね・・



先日、受講生さんと親業に出会ったきっかけについて話をしました

A「子育てで分からなくなった時、いろいろ調べてみたんです。」
私「そうなんですか・・どんな言葉で調べてみたのですか?興味あります。」
A「子育て・・・食べない・・・幼稚園行かない・・・とか」
私「なるほど・・」
A「でも、誰だかわからない人が書いたブログで、その人が『こうしたよ』というようなことばかりに行き当たって、その時はそれでいいのですが、普遍的なものではないし、次から次へと調べることになっていって・・
私「その場だけの対処療法的なもので、求めているものとは違ったのかな・・」
A「そうなんです。それに、すぐに出てくるのは子どもの教育的なもので・・・私は子どもに教育をしたいのではなくて、愛情を自然に届けたいし、イライラしないで子どもと過ごすにはどうしたらよいのかを知りたかっただけなんです

なるほど~
と、思いました。
「愛情を自然に届けたい
でも、日々、イライラしてしまう・・・
他のママ達が笑顔で子育てをしているのを見ると、自分だけなのかと思ってしまったようです

彼女が今回、お知り合いの方から紹介されたのが「親業」でした。
「こんな素晴らしい考え方があるのなら、私のように子育てで不安を感じている方々にもっともっと知ってもらいたい」と
彼女はインストラクターになることも考え始めています。

私も
子育てをがんばっている方たちにもっともっと親業をお届けしたいと思いを新たにしました



新しい所帯をもつ長女が、この連休の前半に帰省してきました

まる一日かけて、彼女の部屋の片付けを一緒にしました。
青春時代を過ごした部屋からは、懐かしいものがいっぱい出てきました

写真
書きかけのノート類
ばーばにもらったお年玉(お手紙つき!)
友達からのプレゼント
携帯
学生時代に使ったあれこれ
昔の洋服
ヒミツの何か・・


私からしてみたら、それらの一つ一つが彼女の分身でもあります

長女が
「また一人暮らしをするんだったら取っておく物もあるけれど、これからのライフスタイルが決まったから、荷物整理がしやすいな~」と言っていたことが、とても印象的でした。

そうよね・・
片付けはこれからの見通しが立つと進むものなのよね
今さらながら「ナットク!」でした


母が一番喜んだこと♪

 | 2019-04-25 | 
「母の日」という文字が、街頭のあちこちで見られるようになってきました

私は母にはいろいろなものをプレゼントした記憶があります。
母の文箱には、私の書いたメッセージカードや、プレゼントを包んでいた袋(日付も書いてある)などもたくさんありました

母が後から何回も「よかったわ~」と言っていたことがあります。
30年くらい前ですが、その時はまだ幼い長女と、赤ちゃんの長男がいて、夫のいない週末(夫は出勤)に
母に来てもらったことがありました。(親子だけだと煮詰まるので・・

近くの公園にみんなで出かけ
帰り道、お昼に立ち寄った、何でもないレストラン(ファミリーレストランも当時はあまりなく;;)で食べた
「鉄板焼き」
ジュージューと音の立つ熱々の料理が母の所に運ばれてきたこと。
これを「本当に美味しかった」と、何回も言っていました。

その当時の母でしたら
友人と都会でもっと美味しいものを食べる機会もあったでしょうに、
私は何で庶民的なレストランで食べた鉄板焼きを、いつまでも「美味しかった」と言うのか、あまりよくわかりませんでした。

でも、私も主婦となり、母となってわかったことがあります
それは
「できたて」です

母の時代は、まず、ご主人様にできたてを出して
自分は後からということも多かったのだと思います。

なので
できたてホヤホヤが運ばれてくることが
本当に嬉しかったのでしょう

母の喜ぶ顔は
いつ思い出してもいいものです